人的資本開示、能力の「到達レベル」まで目標を示す企業は4% 研究会が日経225企業170社を評価

人的資本理論の実証化研究会(共同座長:小野浩 一橋ビジネススクール教授、福原正大 慶應義塾大学経済学部特任教授)が、レポート『有価証券報告書における人的資本の投資対効果に関する開示レーティング(日経225版・2026年3月期決算企業対象)』を公表した。対象は日経225構成銘柄のうち3月期決算の170社で、各社の有価証券報告書に書かれた人的資本開示を評価している。同研究会によるレーティングの公表は、「2023年3月期決算企業対象」「2024年3月期決算企業対象」に続き3回目。レポートは研究会ウェブサイトから無料でダウンロードできる。
研究会は、ノーベル経済学賞受賞の故ゲーリー・ベッカー教授の人的資本理論に基づき、人的資本を知識や技能など人が持つ「能力」と捉えている。評価には2つの軸を設け、それぞれ1~5点で採点した。1つ目は「経営成果とのつながり」を見る軸①(人的資本投資の評価指標)、2つ目は「必要な能力の具体化」を見る軸②(人的資本投資対象の明示)である。2024年度・2025年度は、人手による評価基準をもとに構築したAI採点モデルで評価した。2023年度は2024年3月期版で公表した評価を使っている。なお、2025年度は2026年3月期を指す。

「何のために投資するか」の説明は広がり、「どこまで高めるか」はまだ一部
経営目標と人材戦略を結びつけ、人材戦略の指標に将来の数値目標を示す企業(軸①4点以上)は109社(64.1%)に達した。必要な能力に対応する目標を示す企業(軸②3点以上)は62社(36.5%)だった。一方、必要な能力の到達レベルまで目標を示す企業(軸②4点以上)は7社(4.1%)にとどまった。「どのような能力をどこまで高めるのか」を定量的に示す開示は、まだ限られている。
- 前年度から評価が上がった企業(軸①・軸②の合計点):54社
- 必要な能力の具体化の平均点(軸②、5点満点):2.35点
能力の具体化には少しずつ前進が見られる。軸②の評価は42社で上がり、平均点も2.18点から2.35点に上昇した。ただし、能力の到達レベルまで目標を示す企業の数は、前年度と同じ7社のままだった。
両軸がともに4点以上、またはいずれかの軸が5点となった企業は8社あった。これらの企業は、経営目標と人材施策のつながり、将来の数値目標、必要な能力の定義と到達水準を、それぞれ具体的に示している。各社の開示の特徴はレポートの4章に掲載されている。また、多くの企業が開示しているエンゲージメントスコアについて、研究会は人的資本(能力)そのものではなく、能力の発揮度を示す指標と位置づけている。

開示評価の変化と株式リターンの関係も検証
複数年度の評価がそろったことから、研究会は開示評価の変化を投資判断に取り入れた場合の試算も行った。手法は、運用会社が一般的に行うアクティブ運用の考え方に沿ったものである。同じ170社を対象に、前年度からの評価の変化に応じて、日経225に連動する比較指標に対する各銘柄の配分を調整した。業種や企業規模などへの偏りは抑え、配分は毎年7月に更新している。検証期間は2024年7月~2026年6月の2年間(487営業日)で、比較指標には日経225連動ETF3本の平均を用いた。
2年間の年率超過収益率(5%の期待アクティブリスク)は、経営成果とのつながりの評価を使った場合が+1.59%(インフォメーション・レシオ0.28)だった。必要な能力の具体化の評価を使った場合は+1.04%(同0.19)だった。どちらも年ごとに見てもプラスだったが、その大きさは年によって異なる。この結果は過去データによる試算であり、将来の成果を保証するものではない。評価は事後的に整備したもので、採点の対象は開示の内容であり、従業員の能力を直接測ったものではない。

次の課題は、人への投資を「能力のレベル」で示すこと
研究会は、人的資本開示の次の課題を、人への投資を「経営戦略に必要な能力とその到達水準」という形で定量的に示すことだと位置づけている。そのうえで企業の経営者・開示担当者に対し、自社の有価証券報告書が次の問いに答えているかを、経営部門と人事部門で確かめるよう提案している。
- 利益率の向上や新規事業の拡大といった経営目標に、採用・育成・配置がどう寄与するのか
- 事業に必要なのはどのような能力で、どの水準まで、いつまでに何人育てるのか
- すでに達成した実績と、これから目指す数値を区別して示しているか
研究会は、研修の受講人数などの指標を並べるだけでは足りないとしている。能力を測り、その変化を数値で示すことが、投資家に伝わる開示につながるという。機関投資家に向けては、2つの評価軸と年度ごとの点数の変化を、投資先企業との対話で人的資本を取り上げる際の共通の物差しとして活用できるとしている。
小野教授はコメントで、「能力は投資によって高まる一方、放置すれば陳腐化するストックであり、どのような能力に投資し続けるかが問われます」と述べた。そのうえで、「『人的資本』を正しく理解したうえで、能力への投資を具体的に語る開示が広がることを期待しています」としている。共同座長のコメントでは、企業には開示を見直す手がかりとして、投資家には対話の共通言語として、レポートを活用してほしいとの考えも示された。
研究会について
人的資本理論の実証化研究会は、人的資本を「能力」と捉え、それが企業価値の向上にどうつながるかを定量データで検証している。2022年10月に活動を始め、産学連携で実証研究を進めてきた。運営事務局はInstitution for a Global Society株式会社(IGS)が務め、IGSが提供する「GROW360+(グロー・サンロクマル・プラス)」で得られた人材の能力データなど、参画企業の実データを用いた研究も行っている。なお、レーティングの点数は有価証券報告書の開示内容を評価したものであり、企業の人材施策の優劣や従業員の能力そのものを測ったものではない。
出典:IGS株式会社












